シカケブンコ 

旅行好きな絵描きのブログ。令和元年、仕事を辞めて毎日漫画描きながら四国一周1400km歩きお遍路をしたので旅行記や漫画をこちらに綴っていきます。

【45日目】毎日漫画描きながら四国一周1400キロ歩きお遍路 ~数多の札所を巡り、丸亀市へ~

おはようございます!

 

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本日はほ志川旅館さんにて起床。

 

8/23(金)、今日は少し難所気味のとこを一か所を午前中にクリアし、その後札所ラッシュを経て丸亀市に突入します。

 

それでは今日も元気に、おへんろ!

 

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朝ご飯


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7:09 宿を出発


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ピエロも見送ってくれとる。ただ君そこにいるとタバコ買いづらそう。


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へんろ小屋発見


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茶処高瀬という名前だけあって屋根がお茶摘みの帽子になってる。


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中も過ごしやすそうな小屋でした。


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黙々と歩いてると雨が降ってきた。


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風も吹いてきて一時的に台風みたいな感じに。仕方ないので雨宿りに10分ほど使う。


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ここらへんの道、民家の間の道をスイスイ通り抜けていくのでへんろシールはあるのですが見逃すと少し迷うかもしれません。


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8:25 八丁目大師堂到着。

山の道開始のところに大師堂があるので雨宿りがてらベンチで休憩。


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8:31 休憩ここから車道と歩きの道に分かれるので歩きの道へ。


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道の途中お地蔵様が出迎えてくれる。


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進んでいくと道の駅が見えてくる。


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8:38 道の駅ふれあいパークみのに到着。

ここには寄らずそのまま上にあるお寺へ。


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バス待合所もある。


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天霧城…ここにもお城があったんですね。


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いよいよお寺への階段がスタート。


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俳句茶屋の看板発見。


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どうやら老朽化で現在改装中とのこと(実際は違っており移転ですが、詳しいことは後述)


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俳句茶屋の横を通ってお寺へ向かう。


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8:45 この階段を登り山門に到着。

 

第71番札所 弥谷寺(いやだにじ)540段の石段の先には

 

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第71番札所 剣五山 (けんござん) 弥谷寺に到着。

 

弥谷山の中腹にある弥谷寺は本堂にたどりつくまでに、540段の石段を登らなければならず、車遍路の方にとってはへんろころがしとも言える存在であります。

 

弥谷寺の歴史

1300年前、聖武天皇の勅願により行基が堂宇を建立し、光明皇后(聖武天皇のおば)の両親の菩提を弔うため大方広仏華厳経を祀り、寺院を創建したとされます。

 

当初は中国、四国地方の八国が眺められたことにちなみ蓮華山八国寺と称し、弘法大師は7歳から12歳の間、当寺にある岩窟「獅子之岩屋」で学問に励んだと言われています。

 

807年(大同2年)、唐より帰国後の弘法大師はこの地を再び訪問しました。

 

その際、蔵王権現のお告げにより千手観音を安置し、唐から持ち帰った金銅四天王五鈷鈴を納め、伽藍を再興したと伝えられます。

 

また、求聞持法を修していると五本の剣が落ちてきたことから山号を剣五山、谷が多いことから寺名を弥谷寺と改めました。

 

戦国時代、天正期に兵火により荒廃するも、丸亀藩主京極氏の帰依により1600年(慶長5年)復興されました。

 

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山門


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仁王像


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階段を登っていく。


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麓から本堂を目指す人の前に立ちはだかるは88ケ所でも最大級の540段の石段!


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中々長い…


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賽の河原

仁王門から金剛拳菩薩像までの270段が、神仏の世界に足を踏み入れる意味を込めて「賽の河原」と呼ばれています。


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登り終えると橋があるので渡っていく。


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渡っていくと約6mの金剛拳菩薩像(こんごうけんぼさつぞう)がお出迎えしてくれます。


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手水舎


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さらに階段を登っていく模様。


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こちらは煩悩階段といって丁度108段あるそうです。弥谷寺は階段がかなり多い。


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この「108」という数字は、108の煩悩を落とす、四苦八苦を落とす(4×9+8×9)などの意味があるそうです。


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登っていくと本堂と大師堂の分かれ道が。


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香川に入ったけどみかんレールが。


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観音堂


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立派な鐘が置かれている。


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十王堂


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謎のお堂


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中を見てもよくわからず。


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水場


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本堂へ至る最後の階段。


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雨が降ってるのだ景色はいまいち…


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本堂


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本堂を降りると壁に三つの像が。


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本堂~阿弥陀三尊磨崖仏 ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

本堂下にある大きな岩盤面に刻まれた、鎌倉時代のものと伝えられている「弥陀三尊」の磨崖仏。


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弘法大師作ともいわれ、重要文化財に指定されている。念仏すると、極楽浄土に行くことができるとの信仰も。


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下に降りて分かれ道に戻り大師堂へ


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大師堂入り口

 

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大師堂


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洞地蔵尊(ほらぢぞうそん)

獅子之岩屋に向かう途中の大師堂内より参拝できます。首から上の病に御利益があるといわれるお地蔵様で、座って岩壁の10m上方を見ないと姿を見る事が出来ません。


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さて、さっそくかがんで見てみる…


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あれか!


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奥の院「獅子之岩屋」

大師堂の建物内にあり、獅子が咆哮をあげた形に見えることから名付けられました。

 

この岩屋の前で信心をおこし参拝する事で、「その身につくあらゆる厄災を獅子が食べ尽くし、その身を護る」と、言い伝えられています。


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また、弘法大師が9~12歳の頃、岩屋の窓から明かりを取り込み、写経や学問に昼夜問わず励んだそうです。


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一通り見て人と待ち合わせしていたので急いでふれあいパークみのへ。


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連絡を取ったら遅れてるみたいなので四国遍路甘酒と


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シューアイスを食べて待つ。

 

そうして待ち合わせしていた方と合流して車で目的地へ。

 

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ついたのはこちら、別格20霊場の18番 海岸寺(かいがんじ)です。


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手水舎


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大師堂


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大師堂に参った後向かったのは…


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こちら、俳句茶屋さん。

昨日70番札所にてお誘いをしてくださったのが俳句茶屋のご主人とテレビのディレクターの方で、撮影の協力の為にこちらに訪れました。


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俳句茶屋ご主人の土井さん。


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俳句茶屋入り口

 
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中に入ると沢山の俳句が吊るしてある。


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この俳句、元々弥谷寺の方にあったのを全部持ってきたんだとか。


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まだまだこれだけではないそうだがこの俳句の数が俳句茶屋の積み重ねた歴史そのものなんだろう。


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木札に書かれた俳句もある。


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ここに座り、麦茶と草餅をいただきながら3つほど俳句を詠ませていただきました。

 

書いた俳句はこちら

 

『夏空に 響くは杖と 足の音』

 

『汗をかき 恥かきすすむ 夏遍路』

 

『遍路道 流れる歌は 蝉時雨』

 

全て遍路関係の句ですが、自分が思い浮かんだものをそのまま書いたつもりです。2つ目は少しおへんろ。の曲から取り入れたのもありますが…(これは内緒)


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さて、一通り撮影も終わったところでお目当てのものを探す。


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あった!アニメ「おへんろ。」でちわちゃんが書いた俳句ですね!


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あるくあるく


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ベッキーとかも書いてたり

 

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色んな有名人が書いてますね。


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菅直人も。


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ほんとにたくさん、たくさん。


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さて、ここの俳句茶屋ですが

8月21日にプレオープンしたばかりだそうで、土日月10:00〜15:00に開けているそうです。

 

そして移転になった経緯もちょこっと聞きましたが、まあ片側の言葉しか聞いてないのでどちらが正しいとは決められないのですが、自分が効いた内容は以下の記事さんのものが1番近いです。それにどうやら裁判沙汰にもなっているそうで…

 

参考:ぼちぼち「俳句茶屋。」 様https://ameblo.jp/ayumu1250/entry-12374084415.html

 

僕に出来る事は限られていますが、俳句茶屋が今後も続いていくよう自分の思い出を語り継いでいきつつ宣伝していけたらと思います。


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ご主人の土井さんが1番気に入ってるという俳句。


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海岸寺

こちらは本堂がある方で少し先ほどのところから離れてます。


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ここはなんとお相撲さんの像が山門にいます。


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手水舎


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本堂


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こちらも参り、お昼を食べに行く。

 

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めん一さん

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ぶっかけ肉うどん。かき揚げつき。


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車で次のお寺付近まで送っていただき、お別れ。思いがけぬ縁でしたがお会いできてよかったです!ありがとうございました!


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12:23 さて、再び札所巡り再開です!


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ここらへんを歩いてると友達から電話がかかってくる。どうやら仕事のお誘いでとりあえずおへんろ後、日程と内容再確認してやるか決めることに。


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ここからへんろシールが見え始める。


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少し曇り気味の空なので歩きやすい。


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寺のすぐ近くにうどん屋さん。さっき食べてなければここで食べてたかも。


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12:49 次のお寺に到着。

 

第72番札所 曼荼羅寺(まんだらじ)弘法大師の母の菩提寺

 

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第72番札所 我拝師山(がはいじざん) 曼荼羅寺に到着。

 

曼荼羅寺の歴史

創建は四国霊場で最も古い推古天皇4年(596年)

 

讃岐の豪族・佐伯氏の氏寺として建立された。当初は「世坂寺(よさかでら)」と言う名前で、弘法大師の出身氏族である佐伯氏の氏寺として建てられました。

 

弘法大師がこの寺を訪れたのは唐から帰朝した翌年のこと。

 

本尊に大日如来を祀り、唐から持ち帰った金剛界と胎蔵界の曼荼羅を安置し、寺名を「曼荼羅寺」に改め、亡き母玉依御前の菩提寺としました。

 

平安時代後期から鎌倉時代初期に活躍した歌人・西行法師が、曼荼羅寺から程近い「水茎の丘」に庵を建てて7年ほど暮らしていました。

 

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仁王像


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手水舎


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本堂

本尊は金剛界大日如来座像で、脇佛に不動明王像、毘沙門天像が安置されています。


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大師堂


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延命地蔵堂


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護摩堂?


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観音堂
平安時代に檜一木で作られた観音様がお祀りされています。


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空海像・笠松大師 

空海が手植えしたとの言い伝えが残る不老松。形から「笠松」とも呼ばれ、地元の人たちから親しまれていたが、害虫が原因で伐採に。

 

その翌年、不老松幹に弘法大師像を刻み安置、以後「笠松大師」として新たな余生を送ることとなりました。


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納経所


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13:26 こうしてお寺を後にして次のお寺へ。

 

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さて、次の73番札所と74番札所は曼荼羅寺の目の前の道が分岐点になっており、次の札所を参拝したあとまたここに戻ることになります。


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次のお寺は高いところにあるので登っていく道になります。


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坂をひたすら登っていく。


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お寺へつながる階段が見えてきた。


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いちじくのお店が。この辺りの名産なのかな?


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道の左側には様々な建立物があります。


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子宝の三鈷の松 ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

この松は雄の松で、『子宝の三鈷の松』と呼ばれています。親の大樹から、たくさんの小松が生まれ、また葉は三鈷の松になっている、珍しい松です。


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安産地蔵尊


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いちじくの無人販売所


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13:36 次のお寺に到着。曼荼羅寺からすぐ近くですね。

 

第73番札所 出釈迦寺(しゅつしゃかじ)空海が身を投げた伝説が残るお寺

 

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第73番札所 我拝師山 (がはいしざん) 出釈迦寺に到着。

 

出釈迦寺の歴史

弘法大師が真魚(まお)と呼ばれていた7歳の時、我拝師山に登り

 

「将来仏門に入って、仏の教えを広め多くの人々を迷いから救いたい。この願いが叶うかどうか、お釈迦様の証をお示しください。もしもそれが叶わないなら、この身を諸仏に供養としてささげます。」

 

と願い、断崖絶壁から飛び降りました。(つよい)

 

すると、紫色の雲が湧き、羽衣をまとった天女が舞い降り、雲の中で弘法大師を抱きとめました。(えぇ…)

 

天女が真魚を飛び降りた場所に戻すのと同時に紫色の雲が湧き、釈迦如来が現れ「一生成仏」と宣し、彼の願いが成就されました。

 

その後、成人した弘法大師は、お釈迦様のお姿を拝んだお山というところからこの山を「我拝師山(がはいしさん)」と名付け、山頂に釈迦如来像を刻んで安置し、堂宇を建て「出釈迦寺(しゅっしゃかじ)」と名付けました。

 

この場所は「捨身ヶ嶽禅定」といわれ元は札所でしたが、1600年代半ばに我拝師山の麓に寺が建立され、1920年(大正9年)に札所は麓の寺に移されたので、今は奥の院としての役割を果たしています。

 

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山門


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手水舎


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納経所


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本堂

 

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大師堂


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さらに階段を上っていくと…


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捨身ヶ嶽遥拝所

ここからさらに先、日本屈指の急坂を登りきると、捨身ヶ嶽禅定の山門へと辿り着きますが今回は時間の都合上行けませんでした。


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地蔵堂


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出釈迦寺から街が一望できます。


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14:02 次のお寺へ向かう。

 

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街を見ながら坂を下っていく。


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再び先ほどの分かれ道に戻ってきました。


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団地が見えてくる。


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甲山寺まではのどかな風景の中を進んでいきます。


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門が見えてきた。


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14:40 次のお寺に到着。

 

第74番札所 甲山寺(こうやまじ)空海が幼少期によく遊んだお寺

 

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第74番札所 医王山(いおうざん) 甲山寺に到着。

 

甲山寺の歴史

弘法大師の出生地は現在の香川県善通寺市で、甲山寺周辺は幼少期によく遊んだ場所だといわれています。

 

壮年期になった弘法大師は寺を建立するため、懐かしの甲山を歩いていると麓の岩窟から老人が現れ、「ここに寺を建立すれば私がいつまでも守護しよう。」と、言われました。

 

この地の岩窟に住む毘沙門天の化身と悟った弘法大師は大変喜び、この岩窟に自作の毘沙門天像を祀りました。

 

その後、嵯峨天皇の勅命を受けて、大師は日本最大の溜池「満濃池(まんのういけ)」の修築工事の監督に任命されました。これは朝廷が派遣した築池使さえも達成できなかった難しい工事です。

 

大師は甲山の岩窟で修復工事の完成を祈願し、薬師如来像を刻んで修法しました。

 

すると彼を慕って数万の人々が集まり、力を合わせてわずか三ヶ月でこの大工事を完遂させました。

 

その功績に対して朝廷から二万銭が与えられ、その一部によって堂を建立したのが甲山寺の始まりと伝えられています。

 

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門を間違えていたので正面から入る。


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手水舎


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中にも門がありました。


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本堂


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大師堂


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子授け地蔵

「大変ご利益があります」って自分で書くのはどうかと…


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親子地蔵尊


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奥の院・毘沙門天の岩窟 ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

トンネルとお堂が合体したようなこの岩窟には、大師が彫ったといわれる毘沙門天像が祀られています。岩窟の奥行きは12m。


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「ここに寺を建立すれば私がいつまでも守護しよう。」

と、毘沙門天の化身である老人の約束が、創建から1200年経った現在でも守られています。


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納経所


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山門のウサギ
このお寺はうさぎ像が隠れており、うさぎは「月をよぶ」で、運が上向いてくるとか、ぴょんぴょんと飛び跳ねる様から、縁起が良い動物とされているそうです。

 

出雲大社を思い出しますね。屋根には14羽のうさぎさんがいるそうです。

 

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15:05 次のお寺へ向かう。


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休憩所発見。時間がないのでここは素通り。


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15:28 次のお寺に到着。

 

第75番札所 善通寺(ぜんつうじ)弘法大師ご誕生の地

 

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第75番札所 五岳山(ごがくさん) 善通寺に到着。

 

善通寺は、弘法大師ご誕生の地として知られる。真言宗善通寺派の総本山で、和歌山高野山、京都東寺とならぶ、弘法大師三大霊跡の1つです。

 

広大な境内は、「伽藍」と称される東院、「誕生院」と称される西院の東西二院に分かれています。

 

善通寺の歴史

善通寺の創建は唐より帰国した大師が、地元の豪族であった父・佐伯直田から寄進を受けた四町四方の地に大同2年(807年)に建立し始め、弘仁4年(813年)に落成したと伝えられています。

 

留学時代の師である恵果和尚の住した長安・青龍寺を模して建立したお寺で、父の諱(人の死後尊敬しておくる称号)である「善通(よしみち)」から「善通寺」と号したと記されています。

 

本格的に興隆をむかえるのは鎌倉時代に入ってからのことで、現在の西院が建つ地は、大師が生誕した佐伯家の邸宅があったことから、建長元年(1249年)には誕生院が建立され、現在の東西二院の形式へと移行します。

 

江戸時代までは、善通寺と誕生院のそれぞれに住職をおく別々のお寺だったのですがが、明治時代に至り善通寺として一つのお寺となります。

 

明治初年の神仏判然令により寺有地の多くは没収され、陸軍用地等に転用されましたが、それでもなお四国霊場最大級の面積を誇る寺院であることには変わりありません。

 

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こちらは西院の山門。善通寺はかなり広く、道を挟んで東と西に分かれております。


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手水舎


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西院に入ると弘法大師の一生が描かれた絵が飾られているのを見ることができます。


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と、ここで本堂は東院の方にあるとわかり急いでUターンして西院から東院へ移動。


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東院の山門


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500羅漢像


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金堂(本堂)

善通寺の本堂。重要文化財。

創建時の金堂は永禄元年(1558年)、三好実休の兵火により焼失。

 

現在の建物は、元禄年間(1688~1704年)に再建されたものです。


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堂内には、江戸中期の仏師・北川運長により造られた像高3メートルの本尊・薬師如来坐像が安置されています。拝観は無料。撮影は禁止です。


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五重塔

高さ43メートルに及ぶ総欅造の大塔で、善通寺のシンボル。重要文化財で何度か倒壊と再建を繰り返しており、現在の塔は江戸後期の弘化2年(1845年)から再建が始められ、明治維新で中断されたものの明治35年(1902)に完成しました。


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 甘日橋を渡り再び西院に戻ります。


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御影堂(大師堂)

御影堂(みえどう)は善通寺の大師堂に当たる建物。

 

「弘法大師御誕生所」として奥の院とされている場所で、奥殿には大師自作と伝わる本尊・瞬目大師像が秘蔵されています。


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現在の建物は天保2年(1831年)に再建されたもの。

約100メートルの暗闇の中を手の感触だけで進む「戒壇めぐり」ができます。


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護摩堂


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納経所


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遍照閣

昭和60年(1985年)に建造された修行道場。

一階ロビー正面に釈迦如来を祀り、その奥では四国八十八箇所霊場のお砂踏み道場が開設されてるとのこと。


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鈴の形をした建物。


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あとここには宝物館もあります。(写真撮り忘れました) ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

国宝の金銅錫杖頭と一字一仏法華経序品をはじめ、重要文化財の吉祥天立像、地蔵菩薩立像、教典・聖教・古文書など約2万点の収蔵品から約30点を常設展示してます。

 

チケットは御影堂地下の暗闇を進む「戒壇巡り」と共通。今回は時間の都合上パス。

 

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16:08 お寺を後にして次の札所へ。


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ここは騙された道。左側の道も右側の道どっち行っても同じ地下道につきます。


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これはフィラデルフィア号の実験に巻き込まれたキリン。

 


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16:54 次の札所に到着。

 

第76番札所 金倉寺(こんぞうじ)円珍とおかるてんさん

 

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第76番札所 鷄足山(けいそくざん) 金倉寺に到着。

 

金倉寺の歴史

この地の豪族・和気道善(わけのどうぜん)が道善寺を建立。

 

ここのはじまりは唐から帰ってきた天台寺門宗の開祖、智証大師・円珍。円珍は弘法大師の甥で、金倉寺は彼が誕生した地でもあります。

 

智証(ちしょう)大師が、伽藍を整備し、薬師如来を自ら刻んで本尊として安置。

 

当時は道善寺でしたが、延長6年(928)醍醐天皇(在位897~930)の勅命により、この地の郷名から金倉寺と改名しました。

 

明治期には乃木希典(のぎ まれすけ)が金倉寺の客殿を仮住まいにしていた時期があり、客殿には乃木ゆかりの品々が展示され、境内には銅像もあります。

 

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山門 


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仁王像


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手水舎


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まず納経所へ。時間ギリギリでなんとか間に合いました。


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本堂(金堂)

湖東三山西明寺の本堂を模して設計され、昭和58年(1983年)11月に落慶したものです。


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「金」倉寺という名前からなのでしょう。

本堂横には小判の形をした絵馬がたくさん奉納されていました。


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本堂正面には黄金の大黒様があります。


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こちらの像はなんと参拝者が金箔を貼ることが出来ます。


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大師堂


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訶利帝堂(かりていどう) ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

訶梨帝母(かりていも)は、別名「鬼子母神(きしもじん)」とも呼ばれ、元々は自分が産んだ500人の子どもを育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べてしまっていたといいます。(マ?)


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そんな彼女もお釈迦様に500人の末っ子を隠され、子供を失った母親の苦しみを嫌というほど味わい改心します。その時にお釈迦様と交わした約束が、「子供を望む人には授け、苦しんでいる人々を救う」というもの。

 

以来、彼女は子授けや安産、また子供や女性の守り神さまとして古くから信仰されてきました。


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弘仁9年(818年)、天台寺門宗開祖・智証大師が5歳の頃、訶梨帝母が目の前にが現れ、「貴方が将来仏道に入るなら私がずっとお守りしましょう。」と、告げたという伝説が残されています。

 

訶利帝母に守られて育った智証大師は、修行を重ね、大師の称号を得るまでに成長を果たしました。そのような由縁から訶梨帝母堂は建てられ、地元の人々から「おかるてんさん」の愛称で親しまれてるとのこと。


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ざくろの絵馬。子宝に恵まれるということでしょうか。

 

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参拝も終わったので楽しみにしてた釜あげうどん 長田 in 香の香でうどんを食べに行きます!たらいうどん楽しみだなあ…(店の入り口から目をそらしながら)


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はい、うどん屋がやってなかったので泣く泣く金蔵寺駅へ。

 

さて、この日の宿ですがなんと泊まる宿の名前を間違えて予約してしまい、ここから歩きで向かうと到着が8時頃になってしまうのですみませんが電車で移動します。


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17:51 宇多津駅到着。ここから歩いて宿へ。


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地味に宿まで遠い。


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18:39 見えてきました。ルートイン坂出センター北です。丸亀のルートインと間違えてだいぶ先にあるところをとってしまいました。


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夜食 ホテルの下にあるセブンで購入。

こうして濃密な1日は終わりました。この日はほんと疲れた…

 

今日の歩数

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今日の納経

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今日の漫画

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■使用金額(納経代含まず)

8/23

宿6820円

シュークリームと甘酒300

昼食うどん750円

夜食700円

飲料330円

★合計8900円

 

明日は札所巡りをしつつ自転車で丸亀市内を巡っていく予定。

 

それでは、明日もなんか、頑張れそうだ。

 

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