シカケブンコ 

旅行好きな絵描きのブログ。令和元年、仕事を辞めて毎日漫画描きながら四国一周1400km歩きお遍路をしたので旅行記や漫画をこちらに綴っていきます。

【48日目】毎日漫画描きながら四国一周1400キロ歩きお遍路 ~水曜どうでしょうで話題になったお寺とついに80番札所へ~

 

おはようございます!

 

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8/26(月)、今日もルートイン坂出センター北にて起床。

 

本日は停滞を終え、札所二か所を巡っていきます。

 

それでは今日も元気に、おへんろ!

 

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朝ごはん。最終日もうどん。


f:id:sikakebunko:20190910124417j:image10:13 今日はそんなに歩かないので遅めの出発


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斑らな雲が青空に映える


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海沿いから中の方に入っていく。


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ローソンで少し休憩。


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踏切を渡り奥の方へ進む。


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ここらへんに有名なところてん屋があるとかなんとか。


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天王寺もすぐそこ


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11:30 次のお寺に到着。

 

第79番札所 天皇寺(てんのうじ)日本三大怨霊でもあり守り神でもある崇徳天皇を供養するお寺

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第79番札所 金華山(きんかざん) 天皇寺に到着。

 

ここは日本三大怨霊の一人とされる崇徳天皇にまつわる四国トップクラスの心霊スポットとして知られています。

 

ちなみに「水曜どうでしょう」でここに来た時ビデオカメラに映像が残らないといった心霊現象も起きたんだとか。

 

水曜どうでしょうに関しての動画はこちら

 

天皇寺の歴史 

奈良時代の天平年間(729年~749年)、行基がカナヤマビメカナヤマビコが鎮座される金山に薬師如来を本尊とした堂宇を開創したのが始まりとされています。

 

平安時代の弘仁年間(810〜824年)、弘法大師が霊泉「八十場の泉」を訪れたとき、金山を鎮守する金山権現が子どもの姿で現れ、持っていた宝珠を大師に預けました。

 

大師はこの宝珠を嶺に埋めて仏法を守護し、八十場の霊域にあった霊木で本尊・十一面観世音菩薩をはじめ、脇侍として阿弥陀如来、愛染明王の三尊像を彫造し、荒廃していた堂舎を再興。

 

この本尊の霊験が物凄かったらしく、その後境内は僧坊を二十余宇も構えるほど隆盛し、摩尼珠院妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)と称していました。

 

保元の乱(1156)で讃岐に配流された崇徳上皇の棺がこの寺に安置されたことから、二条天皇が崇徳天皇社を建立。寺は崇徳天皇社の別当寺となり、天皇寺と改名しました。

 

明治初年の神仏分離令によって摩尼珠院は廃寺となり、その後明治20年に筆頭末寺の高照院が当地に移り、金華山高照院天皇寺として七十九番札所を引き継ぎました。

 

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三輪鳥居 ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

 

普通の明神鳥居の左右にやや小さい脇鳥居を組み合わせた珍しい鳥居。

 

この形式の鳥居は秩父の三峰神社や奈良の大神神社の全国で3ヶ所にしかないのだとか。(実はもっとある)

 

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鳥居には崇徳上皇の名が


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天皇寺と崇徳天皇怨念伝説
平安末期の保元元年(1156年)7月、崇徳上皇は「保元の乱」に敗れ、讃岐国へ事実上の流刑の憂き目にあった。

 

保元の乱の顛末を描いた軍記物語『保元物語』によると、崇徳天皇は朝廷の自分に対する扱いにひどく腹を立て、舌を噛み切って自分が書いた写本に日本に対する呪いの言葉を血で書き込みました。

 

その後、崩御するまで爪や髪は伸ばしたままで夜叉のような姿になり、生きながら天狗になったとされています。

 

崇徳天皇の死後から12年経った安元2年(1176年)、崇徳天皇の宿敵であった後白河天皇に近い人々が相次いで死去。

 

さらに翌年の安元3年(1177年)、延暦寺の強訴、安元の大火、鹿ケ谷の陰謀が立て続けに起こり、社会の安定が崩れ長く続く動乱の始まりとなり、いよいよ朝廷では崇徳天皇の怨念が意識され始めました。

 

この騒動で精神的に追い詰められた後白河院は怨霊鎮魂のため保元の宣命を破却し、こうして正式に崇徳天皇は朝廷から赦されることになったのです。

 

こうして怨霊としての崇徳天皇のイメージは定着し、近世の文学作品である「雨月物語」などにおいても怨霊として描かれ、現代においても様々な作品において怨霊のモチーフとして使われることが多々あります。


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崇徳天皇を祀る「白峰宮」で、手前を左に行くと天皇寺の本堂と大師堂が建っています。


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手水舎


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本堂


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大師堂


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「白峰宮」

崇徳天皇はここに鎮座しておりますが、その正体は怨霊ではなく四国全体の守り神となっており、地元の人間はそういう風に考えているそうです。

 

室町時代の守護大名、細川頼之が四国の守護となった際に崇徳天皇の菩提を弔ってから四国平定に乗り出して成功しました。以後、崇徳天皇は細川氏代々の守護神として崇敬されたと言われています。


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納経所


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12:03 一通り見て次のお寺へ。

 

お世話好きなポン菓子屋さんへ

 

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陽もだいぶ強いので日陰を見つけて休みつつ進んでいく。


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盆栽センター

この辺だと盆栽が有名らしいです。


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100円自販機を久々に見かけてテンションが上がる。ドデカミンを購入。


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鴨川駅


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川沿いに独特な建物


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安定のラブホ


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川沿いを進むと次の目的地が見えてくる。


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12:54 ポン菓子千住到着

ソフトクリームとポン菓子のお店です。


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千住さんのポン菓子はお米以外にも
もちポン菓子、黒豆ポン菓子、マカロニポン菓子など珍しい種類もありどれも気になるものばかり。


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自家製の奈良漬けも売ってるとのこと。奈良漬けは最近は中国のやつばかりで自家製は少ないんだとか。


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ポン菓子千住さんの奥さん、店内撮るのも気軽にオーケーしてくれて話好きの楽しい方でした。


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ソフトクリーム 350円。

牛乳の味が強くておいしい。


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お米のポン菓子とマカロニのポン菓子も購入。


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あと歩きへんろさん?って聞かれてはいって答えたら自家製のトマトを沢山おせったいでいただけました!


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本当にありがとうございます…!栄養…!ほんとうれしい。


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一つ一つつまみながら歩いてましたが、甘いものと酸っぱいもの混ざってましたがみずみずしく、とてもおいしく、お腹も膨れました。

 

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13:20 再出発。少し歩くと今回行きたかったうどん屋の山下うどん店さんが見えてくるも既に営業時間が終わってて泣く泣く素通り。


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ここらへんでおじいさんのお遍路さんに遭遇。

どいやら81番札所に行く道を探してる模様だが僕もわからないので挨拶だけして別れる。


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へんろシールが増えてくるので少し道をそれて遍路道へ。


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ここは自然多めの道でした。


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高松市に入りました!いよいよ終盤戦といったところですね!


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国分寺駅


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14:08 次のお寺に到着。

 

 

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第80番札所 国分寺(こくぶんじ)二つの鐘伝説が残る香川の国分寺

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第80番札所 白牛山(はくぎゅうざん ) 国分寺に到着。

 

ついに4つ目、最後の讃岐國分寺です。

 

西暦741年、鎌倉時代に再建された入母屋造りの大きな本堂と、秘仏の本尊千手観世音菩薩像、それに奈良時代に鋳造された梵鐘が国の重要文化財に指定されている。

 

国分寺の歴史

讃岐国分寺は、奈良時代の天平13年(741年)、聖武天皇が発した国分寺建立の詔により日本各地に建立されたとされます。行基が千手観世音菩薩を本尊として開基したとされますが、現在の本堂は鎌倉中期に再建されたもの。

 

弘仁年間(810〜823)に弘法大師が霊場に定めますが、「天正の兵火」で堂塔のほとんどを焼失。

 

その後、藩主・生駒氏や松平氏によって再興され、今に至ります。

 

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山門

仁王門。創建時の中門を踏襲すると見られています。


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仁王像


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ここには山門から88箇所の本尊の像が並んでおり、ミニ四国八十八ヶ所巡りをすることができます。


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四国最古の鐘 ★「アニメおへんろ。」めぐみ聖地ポイント

讃岐国分寺には四国最古と伝えられる梵鐘があります。この古鐘には多くの伝説がありますが特に有名なのはこの二つ。

 

鐘を被った人食い大蛇伝説
その昔、安原郷(現高松市塩江町)の百々渕(どどがぶち)に大蛇が棲みつき、通り掛かる人たちを食い殺していたそうです。

 

近隣の住民は、大蛇の恐怖に怯え、日々の生活さえままなりません。そこで立ち上がったのが弓の名手・別子(べっし)八郎という人物。

 

祈願をした後、自慢の弓を手に果敢に大蛇に立ち向かったのだが・・・なんとこの蛇、強固な鐘を頭に被っているため、体に矢が命中しない。

 

このままでは食われるので、作戦を練るべく一度攻撃を止めた。

 

すると、大蛇は矢が尽きたとうっかり勘違いし、八郎を食うべく鐘を脱ぎ捨てる痛恨のミス。

 

これをチャンスと見た八郎は観世音菩薩に祈り、手元に残った最後の一矢を放ったところ、見事に命中させ大蛇を退治しました。

 

八郎は、大蛇を退治できたのは祈願した観音さまのおかげとして、大蛇が脱ぎ捨てた鐘を讃岐國分寺に奉納したそうな。


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国分寺に帰りたがった鐘

江戸時代初期、讃岐藩主・生駒一正は讃岐一の名音を響かせるとして知られる国分寺の鐘を田1町と引き換えに手に入れます。

 

しかし高松城に運ぼうとするも鐘は思ったよりも重く、一苦労。

 

やっとのことで高松城に設置するも、今度はあの綺麗な音色を奏でなくなり、城下町には悪病が流行してしまいます。

 

そして、鐘を高松城に運んだ藩主・一正自身も病に倒れてしまいました。

 

すると、病魔に苦しむ一正の枕元に、毎晩毎晩鐘が現れ「もとの国分へ帰りたい」と泣くのです。結局、鐘は国分寺へ返されることに。

 

城に運んだ時と違い、今度はなぜか軽々と運べた上、鐘が国分寺へ戻った途端流行り病は治まり、再び讃岐一と名高い美しい音色を聞かせるようになったそうな。


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七重の塔の礎石も残っており、現存していれば京都にある東寺の五重塔を超す大塔だったといわれています。


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手水舎


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延命地蔵


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毘沙門天



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本堂


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福松

境内には見事な枝振りの松が多数ありますが、珍しいのはそのうちの1本。


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大師堂のすぐ横にある松の木を見上げると、まっすぐ延びた幹の中央にこんもりと繁った葉の塊があり、まるで鳥の巣のようになっています


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大師堂はこの門をくぐった先にある施設で納経や販売所と一緒になってました。


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大師堂の先には千体観音が。


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国分寺に次のお寺までの道筋が。

次のお寺は山の上なので様々な登りルートがあるのでどのルートで行くか考えなければならないんですよね。

 

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14:40 お寺を見終えたが宿のチェックインが16時からなので近くのマックまで行って時間をつぶすことに。


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近くの池


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宿が空くまでマックでブログ作成。今日は国分寺までにしておいて、明日個人的に最終難所だと思っている白峯寺と根香寺を登る予定です。


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ほどよい時間で出発。


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この辺りは田んぼが多くのどか。


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16:28 着きました。本日の宿せと国民旅館さんです。


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とりあえずお風呂わくまで時間あったのでドラッグストアに夕食の買い出し。


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ドラックストアでよく見かけたエナドリを買ってみる。


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今日の宿は自分1人しか泊まっていないようで、少し夜だと古い民宿旅館といった感じ。


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お風呂に入ったあと夕ご飯。


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おやつに今日買ったポン菓子を買おうと取り出したぼく「ええ…」


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このあと漫画を描いて就寝。

次の日から雨が続くので心配…

 

今日の歩数

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今日の納経

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今日の漫画

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■使用金額(納経代含まず)

宿3800円

ポン菓子、ソフトクリーム950円

夜食370円

マック250円

明日の朝、昼食など590円

飲料260円

★合計6220円

 

それでは、明日も一歩一歩、歩きます。

 

明日もなんか、頑張れそうだ。

 

 

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